僕は力いっぱい徹郎めがけてイーゼルをたたきつけた。
夢だ。悪い夢なんだ。 徹郎の太い腕にガードされたイーゼルはバラバラに砕け散る。 切れた皮膚が血しぶきを飛ばした。 「琢馬ぁ!」 見たことのない形相で徹郎は吼えた。 人の中にある動物的な凶暴性をあらんかぎり表出させた顔つき。 僕は射すくめられた。 徹郎が反撃に出ようとしたその時、再び音を立ててドアは開いた。 如月叔母が、凛とした表情で戸口を開け放っていた。 叔母はそして、朗々とよく通る声で呪文のような言葉をつむぎだす。 「掛けまくも畏き伊邪那岐大神 筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に 御禊祓へ給ひし時に生り坐せる祓戸の大神等 諸諸の禍事 罪穢有らむをば 祓へ給ひ 清め給へと白す事を聞こし食せと 恐み恐みも白す」 不思議と――僕と徹郎は、弛緩してその呪文を聞いていた。それは祝詞だろうか。 僕にも見えたはずの絵里の姿はない。 「居るんだろ?絵里」 祝詞を終え、叔母は部屋の中のどこかへ呼びかけた。 「居ないのか。見えるか、たっくん」 僕は首を横に振る。悔しそうに叔母は下唇を噛んだ。 「また、会えなかったのか……!」 そんな叔母を、僕はともかく徹郎もじっと見つめていた。 「徹郎君はもう大丈夫」 僕ははっとした。叔母を見ていると思った徹郎の後ろに黒髪の長い少女が立ち、その手を後頭部に当てている。 「この子の曲がった運命は私が直しました。さすがに、過去を正すことはできないけれど」 「霞さん……」 「さあ、もうこの家から出て。私は全ての元凶と決着を――」 ふわりとその姿が浮かぶように消え、僕は何かとんでもないことが始まる予感を覚えた。 叔母は悔恨の表情で室内を見据えている。苦悩の浮かんだその目で、僕を振り向いた。 「私の失敗が、神さま同士の戦いを招いてしまった」 それが何を意味するのか、僕にはわからない。 ――如月・大直日綿津海神・エンド >>スタートへ
by sillin
| 2005-07-02 20:40
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