「徹郎……」
僕はまだ理解できない。 目の前の少女は確かに徹郎とよく似ていた。 ひたすらに怖い。震える声で後ろの徹郎に話しかける。 「なあ、姉さんが失踪したなんて嘘っぱちじゃないか。なあ?」 「姉ちゃんは戻ってきたんだ。そのままの姿でな。もう俺は離さない。姉ちゃんを奪おうとする奴は全部――」 何を言ってるんだ。 誰も、特に僕なんか徹郎から姉を奪おうなんて思っていない。 二人で幸せに暮らしたらいいじゃないか。 僕のいないところでそうしてくれ。 びゅっと空気を裂いて、ショートカットの少女の腕が縦に振られた。 蛍光灯の明かりが壁に刻み付けるその影は、巨大な鉤爪を生やしている。 その鉤爪が僕の影に沈みこみ――僕の腹部は気味の悪い音と衝撃を発した。 「全部食われるんだ!あははははは!」 徹郎の笑い声は正気の沙汰じゃない。 逃げないと。 僕はようやくその考えに至って、一歩進もうとした。 ずるり。 鳥肌の立つような感覚が、僕に下を向かせた。 落雷を受けた木のように切り裂かれた僕の服は、血みどろに染まっている。 その下に、見たことも無い脂ぎった白いものが蠢いて、床へ垂れ下がろうとしていた。 思わず手を触れる。 驚くほど熱くて太い、これは僕の……腸だ。内臓だ。 「――――!!」 絶叫は声にならない。 息も出来ない。 どうしよう。逃げなければ。 入り口の隣に大きな姿見があった。 自分の足で立っていると思い込んでいた僕は、徹郎に羽交い絞めにされてぶら下がっているだけだと知る。 鏡に映った僕の眼は、まるで死んだ魚のようだ。 「姉ちゃん、こいつの生き胆はうまいぞ」 狂ってる。どいつもこいつも。 徹郎もこの女も僕も世界中のみんなイカれてる。 僕の前に跪いた少女が、僕の内臓へ顔を突っ込んだ。 むしゃむしゃと言う音が聞こえてきても、僕はだらしなく口を開いたままだった。 ――絵里・大禍山津見神・エンド2 >>スタートへ
by sillin
| 2005-07-04 11:49
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