もう一度浜辺へ行く>浜へ出る>協力する(山のお堂を見た)>車へ

やたらと狭いスポーツカーの後部座席へ身を縮こまらせ、僕は納得のいかない表情で助手席を眺めていた。
官能的なまでに美しい黒髪の持ち主が座っている。
神さまが車で移動してるなんて、あまり信じたい出来事じゃない。
本人はまっすぐ前を向いたままポーカーフェイスで、どう考えているのかわからない。

「人ひとり、猫一匹、カラス一羽おらず、信号機は色を失い――」

叔母がハンドルを切りながら歌うように言った。
霞と居る間、世界は音と生命をなくすようだった。

「私は別の世界へ入っているんじゃないかと思っている。霞が見える間はな。限りなく現世に近いパラドックス――私は根の国と名づけた」

「根の国って、どう言う意味?」

「黄泉は知ってるだろ。死者の国。あれと同じように地下にあると言う別世界だ。穢れの流れ着く地と表現されながら、柳田国男なんかは根をニライと同義として、生命の根源の地であると言う説を出してる。ま、はっきりしないんだ」

日本の神話から取ったのだろう。興味のない僕にはさっぱりわからない。
そこにおわす神さま本人がいらっしゃるのだから、聞けばいいじゃないか。
僕が実際そう聞こうとする前に、霞は言った。

「私にもわからないの」

その時、車は止まった。徹郎の家の近くだ。
助手席からドアを開けて外へ出る姿を見て、僕は場違いなドライブに付き合ったんじゃないかと言う錯覚を覚えた。

「……昔と変わず綺麗だな、霞は」

「いいものじゃないわ。変わらないもの以外は、剥がれ落ちるように私から欠落していく。想い出もいつかは……」

若干うらやましそうな叔母の言葉に、霞は伏目がちに答えた。

「だから、次の人間を根の国へ誘うのか」

「……だと思う。かみ、と言うものは結局、運命とかエネルギーとかそういう目に見えない塊で、人を依り代にしないと神として存在できないものだと……」

「叔母さん!」

路上へ陽炎のようにショートカットの少女が現れていた。
僕は霞が倒してくれなかったシートをずらしながら、なんとか車内から抜け出した。


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# by sillin | 2005-07-04 21:01